運営代表紹介

運営代表者、天野仁善の
生い立ちと経緯、考え方などを
ご紹介いたします。

大阪/兵庫(神戸)/和歌山の【人間関係 愚痴聞き場】代表を務めさせていただいている天野 仁善(あまの ひとよし)といいます。

創立は2005年(平成17年)1月1日ですので、もう10年以上になります。

ここでは自伝・・・というか自分の生い立ち、生き様とカウンセラーになった経緯を自己紹介したいと思います。

両親がともに20歳の時に生まれ、2つ下と、その2つ下に妹がいる3人兄妹の長男として育ちました。

子供の頃は父親が大好きで、ハッキリ「お父さん子」でした。小学5年生の時に同級生が何人も見ている前で軽々とバク宙をする父は、顔が良かったこともあって私だけでなく友達たちの間でもヒーロー扱いの、とてもカッコいい自慢の父親になりました。

母親は看護師で、いつも口うるさく「早く食べなさい」「宿題をしなさい」「言うことを聞きなさい」とバタバタしながら家事をしていて、でも料理は上手じゃないし掃除もあまりしないし、ハッキリ言って私は母親には反発して父親にばかり懐いていた記憶があります。

小学校の卒業式を控えた頃、突然両親が「旅行に行こう」と言い出し、学校を休んでまで父親の実家がある福岡県に行きました。そこでなぜか3ヶ月ほども過ごし、小学校の卒業式と中学校の入学式に出られなかった私は違和感がありながらも触れてはならない話題のように感じていて、空気を壊す発言はせず黙って過ごしていました。

地元に戻り、何事もなかったように中学校に通いだしましたが、不思議なことになんとなく父親がいたりいなかったりする生活になりました。

土木作業員として資格を多く持ってバリバリ働いている、というように聞いていましたが、どうも違うかったようで・・・

土木作業員として資格を多く持ってバリバリ働けるはずだし能力は高いと周囲から評価してもらっているのに、どうも父はパチンコが大好きで働くことは嫌いだったようです。

朝、きれいな作業服を着て仕事に出掛けたと思ったらそのまま借金をしに行き、パチンコに行き、勝てば帰ってこない。負ければお金がないから帰ってくる。どうりでいつも作業服がきれいだったのはそういうことだったのかと中学2年生頃に初めて知りました。

そして父のギャンブル癖は私が生まれる前からだったらしく、実は父親はぜんぜん働かず、借金を増やすばかりで母親だけが一人で苦労していたのが現実だったようで、たまにしか家におらず母親にガミガミ言われるのを避けるために私や妹たちの遊び相手になって逃げていたのが父親の事実で、父親の借金を返すためにひたすら看護師として朝も夜もなく働き、ほとんど父親なしで兄妹3人を育てていたのが母親の事実だったようです。

なぜ私が父親に懐いて母親に反発ばかりしていたのか、事実を知ると母親に対して申し訳なく思い、涙が溢れたのをよく覚えています。

そして不運は重なるもので、小学校の卒業式と中学校の入学式に出られず何故か父方の実家がある福岡県に行っていた理由は、母方の祖父が会社を倒産させたためであり、そこで面倒を見てもらっていた意味で従業員として働いていた父のところ、つまり我が家にも取り立てのとばっちりがくるだろうからと逃げていたのでした。

母を助ける唯一の味方だった母方の祖父母が夜逃げをすることになってしまい、金銭的に大変だった母は看護師として休む間もなく働き続けたらしく、若くして結婚した母にとって料理や掃除が苦手だったりちゃんとできていなかったのは、寝る時間もろくに取れないぐらい働いていたからだったのです。

しかし、今でこそ母を想える気持ちがある私ですが、当時は荒れてしまっていて、少しばかりヤンチャになり、高校1年生の時にわざわざ校長先生が直接会いに来て「学校を辞めてください」と頭を下げて言ってくるような子になっていました。

そして17歳の時に実家を出ました。理由は、私が親元にいるとお金がかかるからです。ごはんを食べるからです。10才の時に外食したトンカツ屋さんで、ご飯の大盛りをお願いしたらダメだと言われた時のことが今でも忘れられなくて。それ以上にその時、50円か100円かをケチるほどに余裕がなかったような生活で、我が子にご飯をじゅうぶんに食べさせてやれない母親の何ともいえない顔が忘れられなくて・・・。

母の負担を減らそうと、ずっと言葉と態度こそ生意気でしたが自分なりに母親を助けようと思ったら自立して自分の生活費を自分で稼ぐべきだと考えたのです。

何の資格も学歴もなく、ただ努力をするしかない。愛想と要領と運と努力で、正直いろんな友達の家に転がり込み生活させてもらったり、間を置かず次々と何人もの彼女と同棲を繰り返したり、お金も住む場所も行く当てもない状態で、しかし誰にも全部を話すことはできず、何の知識も能力もなく、ただただヤンチャで生意気だった私は少しだけ寂しさと苦労を経験しました。

20歳になった頃、ある機会を得て独立開業をしました。広告業です。上がったり下がったり、不思議なほど良いことが続く時があれば、おかしいほど悪いことが続く時もありました。従業員に資金を持ち逃げされたり、勝手に会社名義で借金されて支払い責任を問われたこともありました。

しかし20代での約10年間で私は、父親の借金の返済をそれなりに手伝うことができて、少しは母を助けることができたかなと思える努力をしました。

父親と母親は今も一緒に暮らしていますが、父親は罰が当たったのか糖尿病からの慢性腎不全を引き起こしており、もう長くないと医者に言われています。そんな状態になっても結局、母は父を見捨てず父も母から離れることはなく、このまま最後まで一緒にいるんだろうと思います。

余談になりますが、父と母はお互いが15歳の時に知り合い、お互い最初で最後の相手ということで、父は母以外に女を知らず、母は父以外に男を知らずという純粋な二人だというのを聞きました。私や妹たちには色々といい迷惑ではありましたが、良い話もあってよかったと思っています。

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16歳のときに仲良くしていた友達が交通事故で亡くなり、しかしそれが暴走行為での事故だと知ると何の関係もないのに「自業自得」だと信じられない態度を取る大人がいたり、

本人は悪くないのに付き合う彼氏が悪いせいで人間不信、自傷癖、躁鬱病に悩まされてしまった女の子がいたり、

自分に暴力的虐待をする父親と、父親を怖がって助けてくれない母親を見ながら育った子がいたり、

酔っ払いに理不尽な暴行を受け、歩けなくなるような障害を負ってしまい、何の補償もされずお金に困り自暴自棄になった人がいたり、

何でもない勘違い一つが原因で職場での存在感が一気になくなってしまい、誰からも無視されてしまうようになった人がいたり、

親に性的虐待を受けて恋愛が出来なくなってしまった女性がいたり、
勉強はできるのに、少し恥ずかしがりやなだけで友達ができなくて孤立している子がいたり、

特になんでということはないけれど将来を悲観して不眠症に悩まされるようになった人がいたり、

大好きな旦那さんとの子を妊娠したと思ったら、その旦那さんに暴力を受けて流産してしまい、怖くなって離婚したいが切り出せなくてどうしていいかわからない人がいたり、

仕方ない理由で仕事を解雇されてしまって、だからといって簡単に次に進める気持ちになれなくて沈みっぱなしの男性がいたり。

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人生は非情な出来事を平気で起こします。「神は乗り越えられる試練しか与えない」という言葉がありますが、本当にそうなら電車の前に飛び出す人はいませんよね。毎日泣きながら暮らす人がいるのはおかしいですよね。

極端なことを言えば障害・事故・病気・貧困・災害・戦争。

なぜ自分や大事な人がそれに当てはまるのか。そもそもなぜ乗り越えなければならないのか。前世のせい?来世のため?私は理解できません。何も納得できません。

私はまだ40年に満たない人生ではありますが、多くの人と話し、多くの人の話を聴き、一緒に悩み考えて、自分なりにできることを精一杯してきましたが、「なんで、この人がこんな目に合うのか。なんの罰?そんなに悪いことをしたのか?」多くの相談者たちの話の中で、一緒に理不尽に悔しい思いをした経験が数えきれないほどあります。

「誰かよりも幸せでなくてもいいが、誰かよりも不幸なのはなんで?」と、相談者と話していると感じる機会があります。そこには平等も公平もなく、運・不運が確実にあります。そういう、どうしようもない立場になってしまった人の悲しい気持ちに寄り添って、救える限り頑張りたいんです。

多くの相談者が私のところに来て同じように声を揃えて言います。「心療内科・精神科では全く話を聞いてくれず、だからと言って何人かのカウンセラーを訪ねたが納得がいかず、やっとここにきて安堵できた」と、ありがたい言葉を頻繁にいただきます。

しかし私も全ての関わる人を救える訳ではないし、私自身も救ってほしかった時が少しありました。

正直に言って私自身は多くの資格を有している訳ではなく、人生経験や思いやり、共感や理解といった人間のそもそもの感情で応対させていただいているに過ぎません。

ただ、思うのは、「あの時に味方が、理解者が、支えがあれば自分は元気を失うことはなかったなぁ。」そう思う方の元気を遅ればせながら取り戻すためのお手伝いを全力でさせていただくだけです。

そして、相談者にとっての「大事な今」、壊れてしまわないように、弱ってしまわないように、潰れてしまわないように手を差し伸べられたらと思います。

七つのお願い

☆素直に心を開いて話す事
☆すねない・いじけない・逃げない事
☆思ったことはちゃんと言う事
☆泣きたくなったら泣く事
☆まず受け入れて前向きに考える事
☆自分を大切にする事
☆大事にしてくれる人を信じてみる事

問題がすべて自分に都合の良いように解決するほど世の中は甘くないけども、それでも少しだけでも、少しずつでも、いいようになっていければと希望と期待を持って一緒に話して、悩んで、考えて生きましょう。

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